酒井鶯蒲


酒井鶯蒲
 
・文化五年(1808年) 浄栄寺八世 香阪壽徴(雪仙)の二男として生まれる。 幼名 八十丸

・文政二年(1819年) 酒井抱一の養子となり 雨華庵 唯信寺の後継者となる。


寛政九年(1797年) 酒井抱一は本願寺文如上人、江戸下向のおり得度し等覚院と称し
文化六年(1809年)酒井抱一は根岸に雨華庵を開いた。雨華庵はアトリエと唯信寺とい
う寺としての一面を合わせ持っていた。鶯蒲は唯信寺の後継者として本願寺末寺の浄栄
寺から養子として迎えられたのであろう。抱一は太田南畝を通して八世壽徴(雪仙)と交
流があり、当寺にもたびたび訪れていた、抱一は幼かった八十丸(鶯蒲)の賢いのを
見て雪仙に請うて養子に迎えたと伝えられている。


古画備考」に引かれる文政10年(1827年)頃の鶯蒲在世中の聞書によれば、鶯蒲は抱一
御父様と慕い、抱一も鶯蒲を甚だ愛し、共に席画などもした。書も抱一と聊かも違わな
いほどの筆意をものにし、そのころは専ら茶事を好んでいたという。抱一は鶯蒲の推挽に
心を砕いており代理の大作もあるなど評価も高いが、34歳で早世した鶯蒲には、作画期
間も短く違例は多くない。



蝙蝠釜《 鶯蒲の茶釜(当寺伝) 》 文政年製 御釜師 名越彌五郎 



  





代表作

酒井抱一像 (シアトル美術館) 絹本著色 文政12年(1829年)
三覚院天井板絵 板絵著色 25枚 埼玉県指定文化財 天保元年(1830年)
六玉川絵巻 (バークコレクション) 絹本著色 6巻 天保10年(1839年)
扇面散図屏風 (東京国立博物館) 紙本金地著色 二曲一隻
白藤・紅白蓮・夕もみぢ図 (山種美術館) 絹本著色 3幅対
銀杏に月図(ギッター・コレクション)
紅楓図(ギッター・コレクション)


 
2013年 ギッター・コレクション展


ギッター・コレクション展図録より

酒井鶯蒲 紅楓図




酒井鶯蒲 銀杏に月図







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