大田南畝と浄栄寺


大田南畝と浄栄寺


大田南畝(1749年〜1823年) 天明期を代表する文人・狂歌師、狂号 蜀山人。

 


大田南畝(蜀山人)と浄栄寺

  浄栄寺八世 壽徴は大田南畝の門下であり雪仙と称した
 大田南畝の妾(お賎)は浄栄寺で加療中亡くなり、命日には多くの文人と共に浄栄寺に
集った、また当寺宝の放下着(尺八)や枝垂桜の詩を残している


大田南畝と浄栄寺 詳細
PDFファイル



浄栄寺(甘露門)に関する詩



「甘露門垂糸桜開得立字」

   府中日々出還入   名利之場何汲々   薄暮一敲甘露門

   垂糸桜下看花立


「甘露門の垂糸桜開く 立字を得たり」

    府中日々出でては還た入る  名利の場何ぞ汲々たる  薄暮一たび敲く甘露門

    垂糸桜下花を看て立つ 





「甘露門有尺八名放下著白獅上人所吹者」

  白獅絃絶幾千秋    甘露門虚第二流    席上一枝無孔笛

  何人放下著悠々


「甘露門に尺八有り 放下著と名づく 白獅上人の吹く所の者なり」

   白獅の絃絶えて幾千秋    甘露門は第二流を虚しうす   席上一枝の無孔笛 

   何人か放下して悠々に著きし





「覚雲山浄栄寺鐘楼再成」

 人生大夢幾時醒    重叩洪鐘豈以梃    甘露門中聞滴々

 覚雲山上破冥々


「覚雲山浄栄寺の鐘楼再び成る」

 人生の大夢幾時か醒むる 重ねて洪鐘を叩くに豈に梃を以てせんや 甘露門滴々を聞き  

 覚雲山上冥々を破る





浄栄寺訪問記

・ 明和五年(1768年)
 十月二十六日  浄栄寺六世 性圓(白獅子・放下着)往生。
            釋性圓法師 行年四十歳(浄栄寺過去帳) 

・ 天明八年(1788年)
 一月十五日   酒井抱一の邸で宴。
 二月二十八日  僧雪仙の西遊を送る。
 春         春日部錦江・自由軒(浄栄寺の納所、俊亮)と飲酒、自由軒
           (浄栄寺納所、俊亮)上方に出立。

・ 寛政一年(1789年)
 春         浄栄寺の枝垂桜に詩を賦す。
 六月       甘露門(浄栄寺)で会集。
 夏         甘露門(浄栄寺)で会集。

・ 寛政二年(1790年)
 春        浄栄寺海公(七世性海)・僧雪仙(八世壽徴)・春日部綿江らと林松院に遊ぶ。
 八月十四日   井上子瓊(門弟)・鈴木猶人(門弟)・綿江・僧雪仙(八世壽徴)とともに宮田惟考宅で
           詩会。
 秋        浄栄寺で親鸞の伝記を読む。

・ 寛政三年(1791年)
 三月三日     浄栄寺で綿江と放下着(尺八)を見る。
 五月四日     覚雲山房に会集
 七月十五日    浄栄寺を訪問。
 八月十五日    甘露門(浄栄寺)で賞月。
 秋         酒井抱一を訪問。
  十二月      甘露門(浄栄寺)で飲酒、自由軒(浄栄寺の納所)の詩に和韻。

・ 寛政四年(1792年)
  春雪中     浄栄寺を訪問。
  三月        浄栄寺の枝垂桜に詩を賦す。
  五月五日     甘露門(浄栄寺)で会集。
  八月十五日    甘露門(浄栄寺)で詩会。
  秋日        浄栄寺に祖忌を予修す。
  冬雪中      甘露門(浄栄寺)で飲酒。

・ 寛政五年(1793年)
  春         隅田川で花見、・僧雪仙(八世壽徴)の詩に次韻。
  三月三日     甘露門(浄栄寺)に会集。詩宴。 
           僧雪仙(八世壽徴)の京都龍谷学校に遊学を見送る。
           自由軒主俊亮(浄栄寺の納所)関西行くのを見送る。
  六月十九日   浄栄寺で加療中のお賎(大田南畝の妾)死亡、推定三十歳。
          法名 晴雲妙閑信女 行年は記載なし(浄栄寺過去帳)
  十二月      甘露門(浄栄寺)で飲酒。
 
・ 寛政九年(1797年) 
  一月二日    元日に続き年始廻りに浄栄寺に来る。


・ 寛政九年(1797年) 
  酒井抱一 三十七歳 本願寺文如上人、江戸下向のおり得度し等覚院と称す。

・ 寛政九年(1797年) 
  五月六日     蔦屋重三郎没、四十六歳。

・ 寛政十年(1798年) 
  三月十一日   大田南畝の妻里与没、四十四歳。

・ 寛政十二年(1800年)
  五月晦日     浄栄寺七世 香阪性海(円月上人)往生。 龍蔵院釋性海圓月法師(浄栄寺過去帳)
                     
・ 享和一年(1801年) 
  二月       大田南畝、大坂銅座詰を命ぜられ、大坂に向けて出立。
  八月十五日   興正寺に住む平野文平(浄栄寺の納所、俊亮の妹婿)に馬田昌調と共に招かれて観月。
  十月二十三日  興正寺に住む平野文平(浄栄寺の納所、俊亮の妹婿)を訪問。
 
・ 享和二年(1802年)
  三月二十一日  大坂発、中山道を帰路につく。
  四月六日     蕨の蔦屋庄左衛門方に投宿、江戸より迎えに雪仙
            (八世壽徴)・柳屋長次郎が酒肴持参でくる。
  九月        西郊散策。帰路、太田昌意(浄栄寺門徒)と飲酒。

・ 享和三年(1803年) 
  一月        自由軒 僧俊亮(浄栄寺の納所)往生。大田南畝、哭詩をつくる。 
            釋俊亮 (浄栄寺過去帳)
  二月十五日   甘露門(浄栄寺)に枝垂桜を見る。
  五月五日     雪仙(八世壽徴)・馬蘭亭(山道高彦)・名和氏・糟丘亭
            (伊勢屋長兵衛)らと隅田川で舟遊、 雪仙(八世壽徴)と聯句。
  六月十一日   雪仙(八世壽徴)・糟丘亭(伊勢屋長兵衛)と三河屋の楼で酒宴。
  六月十九日   お賎、晴雲妙閑信女忌を行う。・糟丘亭(伊勢屋長兵衛)・茂貫・竹垣氏・お香
            ・お益・鹿津部真顔・酒月米人・烏亭焉馬・楽地堂・柳長・中戸屋婦・馬蘭亭
            ・八重川勾当・吉見義方らが会す。

  七月七日    甘露門(八世壽徴)・馬蘭亭・柳長・お益・窪俊満らと舟遊。
  八月二十日   馬蘭亭・お香・お益らと舟遊。吉原中村屋で俄を見る、甘露門(八世壽徴)・糟丘亭
         (伊勢屋長兵衛)ら来る。

・ 文化三年(1807年)
  六月       浄栄寺甘露門に小集。
      
・ 文化五年(1808年)
            八世寿徴 鐘楼再建。(御府内備考・ 浄栄寺記録)
 
・ 文化五年(1808年)
            浄栄寺の鐘楼再建に賦詩。
 
・ 文化六年(1809年)
            酒井抱一 雨華庵を開く

・ 文化六年(1809年)
  六月十九日   お賎、晴雲妙閑信女の十七回忌を浄栄寺で行い、
            「しずのおだまき」の七字を頭に置く歌を詠む。

・ 文化七年(1810年)
  六月十九日   お賎、晴雲妙閑信女の忌日、甘露門(浄栄寺)に会集。 

・ 文化八年(1811年)
  一月二日    浄栄寺に行く。また雪仙師より松を賜らる。
  六月十九日   お賎、晴雲妙閑信女の忌日、長歌ならびに反歌を詠む。

・ 文化九年(1812年)
  五月末日    浄栄寺甘露門円月上人(浄栄寺七世 香阪性海)十三回忌に
            追悼歌。
 六月十九日    お賎、晴雲妙閑信女の忌日、「しふくにち」の五文字を頭に詠歌。

・ 文化十年 (1813年)
  五月五日     僧雪仙(八世壽徴)・吉見義方、来訪。

・ 文化十一年(1814年) 
     春       浄栄寺甘露門に会集。

・ 文化十二年(1815年) 
     春       浄栄寺を訪問。
     春       浄栄寺甘露門に会集。

・ 文化十三年(1816年)
  一月         雪仙(八世壽徴)・鈴木猶人に和韻。

・ 文化十四年(1817年)
  四月         雪仙(八世壽徴)・久志本定・鈴木白藤・山内正諠
              ・小野美卿・植木玉高轤ニ鈴木猶人の椿亭に会集。
 
・ 文政一年(1818年)
  六月十八日    お賎、晴雲妙閑信女の忌日の前日、「せいうんき」の五文字を頭に 置く歌を詠む。
                           
・ 文政二年(1819年)
             浄栄寺八世香阪壽徴(雪仙)二男八十丸(十二歳)が酒井抱一(五十八歳)の
             養子(酒井鶯蒲)となる。 

・ 文政二年(1819年)
   夏       雪仙(八世壽徴)・鈴木白藤・植木玉香E鈴木猶人・山内正諠ら酒を携えて南畝宅を
             訪問。
  六月十九日    お賎、晴雲妙閑信女の二十七回忌

・ 文政三年(1820年)  
  六月十九日    浄栄寺甘露門に会集。亡友自由軒(浄栄寺の納所)・糟丘亭(伊勢屋長兵衛)・綿江
           らを追想。

  八月十五日    浄栄寺・鈴木白藤・山内正諠・小野太郎右衛門・植木玉高迴相ネに「杏園詩集」の
           刊行を知らせ、購入を請う。

・ 文政四年(1821年)
   六月十九日    お賎、晴雲妙閑信女の忌日、歌を詠む。

・ 文政五年(1822年)
  六月十九日     お賎、晴雲妙閑信女の三十回忌。

・ 文政六年(1823年)
  四月六日      大田南畝亡くなる。七十五歳。

・ 文政十一年(1828年)
              酒井抱一 往生。
              等覚院文詮暉眞尊師 唯信寺開基(浄栄寺過去帳)

・ 天保十二年(1841年)
  七月二十三日   酒井鶯蒲 往生。行年三十四歳 
              依心院詮眞法師 唯信寺鶯蒲 二代目雨華庵 号獅子光(浄栄寺過去帳)

・ 天保十三年(1842年)
  七月五日      浄栄寺八世 香阪壽徴(雪仙) 往生。六十九歳
              真實明院壽徴法師 不二庵雪仙  (浄栄寺過去帳)


資料 
新宿区 鈴木氏
浄栄寺過去帳
大田南畝全集年譜


大田南畝


HOME